ウェス・モンゴメリーのお墓参り記
(03年1月 記)


10年ぐらい前からの懸案だったウェス・モンゴメリーのお墓参りを、先日ついに果たしてきました。
ところが「10年前から懸案」の割には準備にぬかりがあり、何と、どこの墓地であるかを確認しないまま、日本を出発してしまったのでした。
しかし、このことが劇的な出会いをもたらしてくれた、というのだから、世の中、何が幸いするかわかりません。

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日本を出発したのは11月6日。
目的地はシカゴ経由でインディアナポリス。
インディアナポリスで1泊して、翌日お墓参りをして、その日の夕方の便でニューヨークに行き、5日ほど遊んでから帰国、というのが今回のプランです。
飛行機会社はUnited Airline。往きの食事はなかなか良かった。しかし同じUnited Airlineの帰りの食事がマズイ、というのはこの時点では知る由もありません。

同じ6日の早い夕方にインディアナポリスに到着。
ここで、今回の同行者であるボストン在住の前途有望若手ギタリストの西藤大信(さいとうひろのぶ)君(注)と久しぶりの再会。
地図を購入して、レンタカーを借りてホテルへ。
地図を見てみると、墓地がけっこういくつもあります。
ウェスの眠る墓地の名前を控えてこなかったけど、まあ何とかなるだろう、と楽観的。
この日は時差のため眠くてたまらず、町に出て夕食を食べただけで、ホテルに戻って寝てしまいました。
 (注)その後、西藤君はニューヨークに移り住み、Fresh Soundレーベルから全世界にCDデビュー。
  現在もっとも期待される若手ジャズギタリストの一人である。


翌朝は早く目が覚め、しばらくグタグタした後、隣のデニーズに行って朝食。
チェックアウト後、いよいよ主目的であるお墓参りに。
ホテルのクロークのオネーサンに「ウェス・モンゴメリーって、知ってる?」とたずねたところ、「知らない。」との返事。
まあ、そんなもんかもしれません。
とりあえず、一番大きな墓地へ行くことにしました。
天気は快晴、しかもちょうど紅葉の季節、と申し分ありません。

墓地の入り口を見つけて入ったところ、無人の案内所にパンフレットが置いてありました。
パンフレットにはその墓地に眠る有名人のお墓の場所が記されているのですが、ウェスの名前は見当たりません。
ホールのような建物の場所が記されていたので、こちらに行ってみました。
そこで車を降りて中に入ろうとすると、ちょうどトランペットを持った黒人さんが出てきました。
同行の西藤君がすかさず「ウェス・モンゴメリーを知ってますか?」とたずねたところ、「もちろん!」という答が返ってきました。
そこで、「我々はギター弾きで、尊敬するウェスのお墓参りに日本から来たのだが、どこにあるか探しているところである。」というようなことを言ったところ、彼は「自分はジャズトランペッターであり、ウェスのお墓の場所も知っている。」とのこと。
そして地図上でその墓地の場所を示してくれました("New Crown Cemetery"という、なんだか辞書みたいな名前の墓地です)。
さらに「自分は今このホールで行なわれている葬式の最後のトランペットを吹くためにここにきている。あと30分ぐらいで終わるから、待っていてくれたら一緒に行くことができる。」とさえ言ってくれます。
差し出してくれた名刺には"Clifford Ratliff - Jazz Trumpet"と書いてありました。
なんだかとても良さそうな人であり、ここはご好意に甘えることにして、待つことにしました。

やがて葬儀が終わりに近づき、耳慣れた"Amazing Grace"が流れ、最後に彼のトランペット(ソロ)が響き渡りました。
映画の中の軍隊や騎兵隊などの葬儀シーンで聴き覚えのある葬送曲です(ソードーーーー ソードミーーーー..)。
彼は吹き終えると、すぐに楽器をしまい、待っている我々のところに来てくれました。
そして、自分の車についてくるように言いました。
車で走ること約30分、目指す墓地に入り、さらに彼は躊躇なく進み、やがて墓地内の道に車を停めます。
降りるとそこは"MONTGOMERY"ストリート。「さあ、着いたよ。」


同じような大きさの墓石が並ぶ中、どれだどれだ、と探すこと10数秒。
ありました! ありました! 
写真で見慣れたあの墓石が!


 

日本風に手を合わせて目を閉じて頭を垂れ、心の中で「やっと来ましたよ。」とつぶやきました。
感無量。写真を撮り、しばし感慨にふけります。
Cliffordさんもニコニコして見ています。
シャッターを押してくれたりしてくれます。
「この広い墓地の中で、何であなたは迷わずに一発でウェスのお墓に来れるのでしょう?」とCliffordさんにたずねたところ、彼は少し先の方を指差してこう言いました。
「実はあそこに僕の両親のお墓があるんだ。」。

Cliffordさんとここでしばらくお話をしました。
彼はずっとインディアナポリスで暮らしていて、ウェスには会ったことがないものの、ウェスの兄弟であるバディ(ピアニスト)やモンク(ベース)とは共演したこともあるそうです。
さらに驚くべきことに、「今晩は、ウェスが昔一緒にやっていたメルビン・ライン(オルガン)やプーキー・ジョンソン(テナー)と一緒にライブをやる。」と言うのです。
うわーっ、聴きに行きたい!、と思ったのですが、夕方の飛行機でニューヨークに行くことになっていたので、あきらめました。(今から思えば、飛行機をキャンセルしてでも行けばよかったかな、という気もしています。)
彼はさらに親切にメルビンさんやプーキーさんに携帯電話で連絡を取ろうとしてくれました。
結果的には連絡は取れなかったのですが、何と親切な方でしょう。

注:メルビン・ラインはウェスの無名時代からずっと共演してきたオルガン奏者。ウェスと共にリバーサイドに数枚のアルバムを吹き込んでいる。プーキー・ジョンソンはウェスの無名時代のアルバム [The Montgomery Brothers and Five Others] に参加し、地元でモンゴメリー兄弟たちと一緒に活動していた時期もある。

「この後、WES MONTGOMERY PARKに行こうと思っている。」と言ったところ、Cliffordさんは「じゃあ、そこも案内してあげよう。」と言ってくれて、またしても我々は彼の車の後について行きました。
行く途中、彼は自分のカメラを取りに自宅に立ち寄りました。
彼の家からこの公園まではすぐでした。
まあこの公園、ウェスの名前が付いているだけで、別にウェスの記念館やら銅像やらがあるわけではないのですが。
人気(ひとけ)のない、静かな公園でした。紅葉がきれい。


[左は西藤君]

この公園でCliffordさんと別れました。
彼は、日本のミュージシャンがウェスのお墓参りに来てくれたことを心から喜んでくれていました。

別れた後、飛行機の時間まで間があったので、かつてウェスのギターを展示していたというChildren Museumに立ち寄り、それから美術館(Indianapolis Museum of Art)に行きました。
この美術館はなかなかのもので、世界の名画や美術品が展示され、しかも入場料がタダ! 
インディアナポスもあなどれないゾ、という好印象を持ちました。
そのあと飛行場に向かい、充実したインディアナポリス一日ツアーを終えたのでした。

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日本に帰ってから自宅にある資料を見たら、ちゃんとウェスの墓地の名前が載っていました。
しかし最初からウェスの墓地に行っていたらCliffordさんとめぐり会うこともなかったのですから、「怪我の功名」を地で行った今回の旅だったわけです。
帰国後、Cliffordさんにお礼の電話をしたりメールを出したりしました。
なお、インターネットで"Clifford Ratliff trumpet"で検索すると、彼の活動などを知ることができます。

最近は「電気ギターでジャズ」を弾く機会が少ない僕ですが、やはりウェスは僕にとって永遠のアイドルであり、神様なのです。
ウェスのお墓の前に立ったことで、なにがしかのインスピレーションをもらえたものと、勝手に思い込んでいます。
最後に、今回の旅に喜んで同行してくれた西藤君、どうもありがとう。おかげで楽しさが倍増したよ。